【助川ゼミ】三宅島にて校外実習を実施しました|「火山と海から価値を創造する」(2024.2.17〜22)
2000年の大噴火で、全島民が4年半にわたる避難を強いられた東京都三宅島。定期的に噴火を繰り返し、いまだ復興の途上にあるこの島で、人々はどのように暮らしていこうとしているのか。「火山と海から価値を創造する」をテーマに、助川ゼミの一行14名は、厳しくも美しい三宅島の自然と、新たな価値を創り出そうとしている島民の皆さんと触れ合いました。
岬から目撃したザトウクジラの群れ。噴火で誕生したスコリアの山。溶岩に埋もれた街、神社、学校。ゼミ生たちにとっては、衝撃をともなう風景の連続でした。また、この島で生きる決心をしたネーチャーガイド、三度の噴火と避難を体験した元都立三宅高校の教諭、クジラの骨を彫ってアクセサリーを作り出しているボーンケーバー、三宅島の美を抽象画に高めようとしている画家、伊豆諸島初の女性村長、火山灰を利用した調理用トマトの栽培に挑む農園主などと出会い、「自分自身で価値を創造していく主体的な生き方」について多くを学ぶ日々となりました。
- 伊豆岬からザトウクジラの群れを探す。この日は、北上するザトウクジラ3頭、2頭、 1頭のブロウ(潮吹き)を確認。3頭の群れは何度も巨大な背中を見せてくれた。ゼミ生 たちからはクジラのブロウにも負けない歓声が上がった。
- 噴火(2000年)による火山灰泥流の直撃を受けた椎取神社を訪れる。現在、神社は敷 地内に新しく建立されているが、旧神社の鳥居はご覧の通り地面の下。ゼミ生たちは噴 火の規模を実感した様子。
- クジラが見える「カフェ691」で、オーナーの沖山雄一さんより島の復興の話を聞く。 クジラの骨でアクセサリーを彫るボーンケーバーでもある沖山さんは、マッコウクジラ の背骨をゼミ生たちに触らせてくれた。骨はかなり重い。
- 島内一周のバスを仕立て、驚異的な風景が連続する火山の島を巡る。
- 海岸での噴火(1983年)により、数日でできあがったスコリア(火山礫)の丘、新鼻 新山に全員でアプローチ。神秘的な風景。点在する真っ赤な火山礫が当時のマグマの熱さを伝える。
- 活火山である雄山の中腹まで全員で登る。強烈な風が吹き、目を開けていられない。こ こまで急坂が続き、ゼミ生たちからは「もう無理」と何度も悲鳴が上がったが、誰一人脱落することなく、火山性ガスの規制線手前の展望台にまで登ることができた。
- 雄山より、海の向こうの御蔵島を眺望する。広大な海を見ながらの山登りは全員が初 体験。歓声が上がり続ける。
- 元都立三宅高校教諭、元野球部監督で、現在は島のお寺の住職である山本政信さんよ り、四年半に及ぶ全島避難と復興の話を伺う。希望をいかにして培うか、自分自身で価 値を創造して生きていくことの重要性を知り、全員がノートにペンを走らせた。
- 山本政信さんと記念撮影。いい講義のあととあって、全員いい表情。
- 1983年の山腹噴火では、阿古地区の3分の2が溶岩によって埋め尽くされた。旧阿古 小中学校の校庭も溶岩の下。現在ここは火山体験遊歩道が整備され、自然の猛威を伝える貴重な場所となっている。
- 三宅島の自然を描き続ける元美術教員、画家の穴原甲太郎さんのご自宅でもあるカフェ・カノンを訪れ、ランチをいただくとともに、「美とは何か? 抽象とは何か?」の講義を拝受する。「感動しました!」というゼミ生の声、多々あり。
- 堤防の先端に腰掛け、みんなで三宅島の夕陽を眺めた。きらめく海に沈んでいく太陽 を見つめながら、「この夕陽、生涯忘れないと思います」と呟くゼミ生もいた。











