平山ゼミ in ヨルダン:シリア難民調査

ゼミ生メッセージ −笑顔のその裏に−

私は人生で初めて踏査をした。先行研究で様々な文献を読んでから調査をしたので、ある程度理解しているつもりで臨んだが、実際に自分で足を運んで調査をしてみると、文献を読むだけでは分かり得ないシリア難民の方の感情が、表情や声量によってダイレクトに伝わってきて彼らが本当に過酷な現状に立たされているということを痛感した。

調査をしていくうちに、難民といっても貧富の差があり「難民」という言葉一つではまとめられないと感じた。

そして、多くの人が収入源がなく、親戚や近所の人から借金をして生計を立てており、さらに、お金を貸している側もまた誰かに借金しているという事例が多く、負の連鎖が起こってしまっていると感じた。

また、ほとんどの方が「今一番困っていることは何か」という問いに対して、お金ではなく、「シリアへ帰れないこと」だと答え、胸が熱くなった。

ザータリ難民キャンプを訪れた際に大規模な下水道工事が最近完成したとのことで、実際に見学させてもらったが、私は「すごいな」ではなく、「難民キャンプは長期的に存在するということを見込んでいるのではないか」という不安感に陥った。

また、病院や傷病者施設に訪れた際に、シリア人のみの緊急治療室?を見学させてもらったが、そこには二日前にシリアから運ばれてきた人々がおり、その多くの人はクラスター爆弾などで頭を怪我した人々で、ほとんどの人が私と同じ世代の人またはそれよりもっと小さい子ども達であった。その見るに絶えない彼らの姿と自分とを見比べて、日本で当たり前に送っている平和な日常と、シリアでいつ命を落とすかも分からないという状況で一日一日を必死に生きている彼らのことを考えると、自分が今どれほど幸せな環境にいて、「命」ということに関してほとんど考えずに生きているということを痛感した。

たくさんのシリア人の方に会って、自分達が生きていくことで必死なはずなのに、見知らぬ外国人の私に対して、色々ともてなししてくれ、彼らの心の暖かさをとても感じた。彼らの優しさに触れる度に、「何故この人達がこのような残酷な現状に立たされなければならないのか」と強い憤りを感じるのと同時に悲しくなった。一見、笑顔で幸せそうに見える人々だが、心の奥には、私には分かろうとしても分かり得ない辛く悲しい過去がある。彼らが以前のように心から幸せだと思える日が来るのだろうか。私は、今回の調査をこれきりにしないで、これからも忘れることなく常に心におき、将来彼らのために何か役に立ちたいと思う。

(国際学部国際学科 足立樹乃香)