4.まとめ:社会関係としての首長制 ここまでみてきたように、ウアブとミラド神話を根拠として形成されたのが、二分と四つ角の法則にみるような、平等制と階層制という奇妙な組み合わせから成る複雑な首長制(清水 1989:122-124)であった。最後に、これら首長制が現代のパラオ社会にいかに存在するのかについて少しだけふれておきたい。 まずその政治体制であるが、1994年の独立以後、パラオの国政には大統領制が導入され二院制の議会が構成されている。パラオは16州(行政区域)からなっており、各州には州議会(州憲法)が設置されている。ここまで説明すると、首長制が近代国家へと変貌を遂げたかのようであるが、実際はそのように単純な図式の中に理解されるものではない。近代パラオの政治はかなり複雑で、他のオセアニア地域と比較しても類を見ない特徴がある。これまでにも、他のオセアニア地域と比較しても、パラオでは例外的にチーフが大統領と重ならないことが指摘されてきた(Lindstrom and White 1997)。パラオの首長制を担う伝統的称号保持者たちは、国家憲法及び州憲法の中で一定の発言権と権威を保証され7、各州の主村で第一位の称号を保持する男性たちはチーフと呼ばれるようになった。この16名のチーフたちによって構成される議会にはOEK(Obis era Klulau/囁きの部屋)8という名称が付けられており、法案などを審議する立法機関として機能している。 ここで着目したい点は、大統領制を導入した後の現代のパラオ政治にも二分と四つ角の法則が顕在化していることである。それは、今日のパラオの政治空間の首長制と大統領制の双分的な権力構造をみると明らかである。実際に、独立してから今日に至るまで、チーフが大統領選に出馬した事例は観察されていないし、たとえ称号保持者が大統領に選出されても任期中その権限は放棄されてきた。これら独立以後の経過からも、近代国家の政治制度にも二分と四つ角が建前としてだけでなく、実質的にその機能性をもっていると指摘できる。 こうした現代パラオの複雑な二重の政治空間についてこれまでの研究においては、その力を国会へと延長したことでチーフがお飾り的な存在へと変化したこと(Force 1960:72, McKnight 1974:43)や、声の政治から文字の政治へと移行する動態(遠藤 2002:209)などが指摘されてきた。確かに、これらの指摘は部分的には的を捉えたものだろう。実際にローカル社会に生きる人たちも、議会への参加に忙しく村落を留守にしがちなチーフたちを揶揄して「何も知らないチーフ」などと呼ぶことがある(紺屋 2019:66)。さらには、ミクロネシアないしはオセアニアへと、より拡張された公共圏においてチーフたちの担う役割も大きく、ますます村落社会からは孤立した存在へと変化していることも事実である。 しかしながら他方で、人々の生活実践において首長制そのものが形骸化していったのかというと、そうではない。村落社会に一歩足を踏み入れると、そこには旧来の慣習法を遵守しながら生活を営む人々の姿が観察されるのである。贈答慣行や伝統的儀礼への参与と貢献、共有地でのタロイモ栽培、魚の贈与、親族・村落コミュニティ内での日々の共食、村落コミュニティでの奉仕活動、村落集会への参加、年齢集団への加盟など、項目を挙げるときりがないほど、人々は首長制の代名詞とも呼べる、階層化された社会関係のしがらみの中で日々の実践に参与している。贈答慣行にかける労力は、独立以前よりもむしろ格段に増している状況も観察される(紺パラオ地域研究:ことばから石へ81
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